ブログを続ける意味

結論

意味はない。おもろいから

少なくとも、収益とか、PVとか、SEOとか、とか、そういう意味では自分にはほとんど意味がない。
たぶん割に合わない。

最初は頑張ったけども、もうそこら辺はどうでも良くなってきた

日記メインに振り切る理由である
誰が読むかもわからない。
読まれたとしても、人生が劇的に変わるわけでもない。

それでも、なぜブログを書くのか。

面白いからである。

そしてもう一つ言えば、


AIに抗う1つの術は、クソみたいな記事を狂人のように書き続けることと思ったのもある

AIの時代に、なぜ個人が書くのか

これから文章は、ますますAIが書くようになると思う。

きれいな文章。
整った文章。
検索に強い文章。
読みやすい文章。

そういうものは、AIが無限に作れる。実際使ってるし

だからこそ、人間が書く文章には、逆に「歪み」が必要になるのではないか?


偏り。
生活の匂い。
その日の機嫌。
妙なこだわり。
笑い。
しょうもなさ。

そういうものは、整いすぎた文章からはこぼれ落ちる。

ブログや日記を書くことは、ある意味で、自分というノイズを未来に残す行為なのだと思う。

市井の一般意見として残る

たぶん、自分のブログに歴史的価値があるわけではない。
偉人でもない。
政治家でもない。
作家でもない。
有名人でもない。

ただの市井の人間である。

でも、だからこそ意味がある気もする。

歴史に残るのは、だいたい偉い人の言葉である。
公式文書。
新聞。
論説。

でも、その時代を実際に生きていた普通の人が、何を感じていたのか。
何に怒っていたのか。
何を面白がっていたのか。
何を不安に思っていたのか。
何をくだらないと思っていたのか。

そういうものは、意外と残りにくい。江戸時代の市井の記録とかは人間味があって面白いのである

未来から見れば、自分の日記は、
その時代の市井の一般意見の一つ
になるかもしれない。

正しいかどうかではない。立派かどうかでもない。

その時、そう感じていた人間がいた。
それだけで、少しだけ意味があるのではないか

子どもにとっては、自伝になるかもしれない

もう一つは、子どもの存在である。

今は読まないと思う。
そもそも親のブログなんか、子どもからしたら面倒くさい。。
興味もないかもしれない。

でも、もし将来、何かの拍子に気づいたら。

「あの時、親はこんなことを考えていたのか」
「こんなしょうもないことで悩んでいたのか」
「意外と普通の人間やったんやな」
「この時代をこう見ていたのか」

そう思うかもしれない。

親という存在は、子どもから見ると、最初から親である。
でも本当は、親になる前から一人の人間だったし、親になった後もずっと迷っている。

きれいな家族写真だけでは残らないものがある。
運動会の動画だけでは残らないものがある。
誕生日の写真だけでは残らないものがある。

その時の考え方。
言葉の選び方。
世界の見方。

そういうものを残せる可能性がある。

もし子どもがいつか読んだら、それは親の自伝みたいになる。
立派な自伝ではない。
編集された成功物語でもない。
ただの断片である。

でも、人生はだいたい断片でできている。

読まないかもしれないが、読んだらおもろいなと思って続けている

酒の肴にはなるだろう

手帳に書くのはめんどいし、気づかれない可能性が大なので、ブログにしている

ブログは過去から未来を継続させる

写真は一瞬を切り取る。
動画は時間を保存する。
SNSは今の反応を集める。

でも、ブログは少し違う。

ブログは、過去の自分と未来の誰かをつなぐ。

今日書いた文章は、今日のためだけにあるわけではない。
1年後、5年後、10年後、誰かが読むかもしれない。
自分が読み返すかもしれない。
子どもが読むかもしれない。
まったく知らない誰かが、たまたま検索でたどり着くかもしれない。

そう考えると、ブログは単なる文章ではない。

過去から未来を継続させる装置であるも言えるのではないか

しかも、そこには人間の時間が入っている。
その時代の空気が入っている。
しょうもない言い回しが入っている。

それは、あとから作れへんのよな

未来のAIがどれだけ賢くなっても、
「2026年4月の自分が、その時どう感じたか」は再現できない。

ここが大事である。

ブログはアートである

だから、自分はブログをアートに近いものだと思うようになった。

絵が上手いとか、文章が美しいとか、そういう話ではない。
もっと根本的に、時間を固める行為だからである。

その時代の空気を、個人の言葉で封じ込める。
未来に向かって投げる。

読まれるかどうかはわからない。
届くかどうかもわからない。
正確には意味はない。意味はないけど、面白い。
誰かに褒められるから作るのでもない。

ただ、残したいから残す。その一点で、自分にとってブログはかなりアートに近い。

そんな感じで考えていると、気分が楽になって、適当に続けられるのである

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