今日は、今のドイツと神聖ローマ帝国の関係について考えた。
神聖ローマ帝国って名前だけ聞くと非常にかっこいいのだが、変遷はよくわからなかった。
そもそも、今のドイツは神聖ローマ帝国の成れの果てなのか、という疑問だった。
結論としては、完全に同じ国がそのまま続いているわけではない。
神聖ローマ帝国の中にあったドイツ語圏の諸邦が、長い時間をかけて再編され、最終的に現在のドイツにつながった、と考えるのが近い。
神聖ローマ帝国は、今のドイツだけの国ではなかった。オーストリア、チェコ、北イタリア、フランス東部なども時代によって含み、皇帝はいても、実際には多くの公国、司教領、自由都市が集まった緩い連合体だった。
その中で、長く皇帝を出していたのがオーストリアのハプスブルク家だった。
文化の面では、ウィーンを中心に宮廷音楽、美術、舞踏会、貴族文化が発展し、神聖ローマ帝国からハプスブルク帝国へ続く華やかな伝統を持っていた。
ウィーンなんて中心も中心である
一方、近代のドイツ統一を実現したのはオーストリアではなく、プロイセンだった。
十九世紀には、オーストリアも含めてドイツを統一する「大ドイツ主義」と、オーストリアを除きプロイセン中心で統一する「小ドイツ主義」が対立した。
最終的にはプロイセンが勝ち、1871年にオーストリア抜きのドイツ帝国が成立した。
つまり、今のドイツは、神聖ローマ帝国の全体を継承した国ではない。
神聖ローマ帝国の中にあったドイツ世界のうち、プロイセン側が近代ドイツになり、ハプスブルク側がオーストリアとして残った、と考えると分かりやすい。
そう考えると、1938年のオーストリア併合も、ナチスが「同じドイツ民族を一つにする」という理屈を使った理由が見えてくる。
オーストリア人もドイツ語を話し、もともと神聖ローマ帝国やドイツ連邦の中心にいた。同族統合という考え自体には、歴史的な背景があった。
つまり、オーストリア併合までは「同じ民族をまとめる」という物語を使えるといえば使える
今日考えてみて、ドイツの歴史は、単純に一つの国家が続いてきた歴史ではないと思った。
漫画とかで第三帝国は・・・とかあるけど、やっと意味がわかったわ
第一帝国: 神聖ローマ帝国
第二帝国: ビスマルクとプロイセンが作ったドイツ帝国
第三帝国: ナチスによる新体制
のことね・・・
神聖ローマ帝国という大きく曖昧な世界があり、その中からオーストリアとプロイセンが競い、最終的にプロイセンが近代ドイツを作った。
現在のドイツは、神聖ローマ帝国そのものではない。
しかし、神聖ローマ帝国のドイツ語圏が、争いと再編を繰り返した末に生まれた国ではある。


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