昔は「縄文遺跡」と聞いても、正直そこまでピンと来ていなかった。
土器があって、竪穴式住居があって、歴史の教科書に載っている場所
約5500年前。
まだエジプト文明も始まる前の時代に、日本列島の北で巨大な集落が成立していた。
人々が長期間定住し、交易し、祈り、共同体を維持していた形跡がある。
巨大な柱建物。
精巧な土器。
翡翠や黒曜石の流通。
三内丸山遺跡を見ていると、縄文時代は“原始的”というより、むしろ別方向に成熟した社会だったのではないかという気がしてくる。
火焔型土器は完全にアートだと思うし、かなり成熟してたはずやのに、その後どうなったかよくわかっていない
三内丸山遺跡は約4200年前に衰退したとされ、急激な寒冷化によってクリなどの食料資源が減少し、集落維持が難しくなった可能性が指摘されている。
その後移住したとされるが、北なのか南なのか?
気になるところである


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