腸から呼吸する、という話を聞いた。
最初は完全に冗談かなと思った
肛門から酸素を入れて呼吸するなんて、さすがにイグノーベル賞みたいな話である。
と思ったら、本当にイグノーベル賞の研究だった。
腸管換気。
英語では enteral ventilation というらしい。
簡単に言うと、酸素化した液体を直腸から入れて、腸粘膜を通して血液に酸素を渡すという発想である。
「お尻から呼吸」と言われると、医療というより漫画みたいやん。
しかし、これはかなり本気の医療である。
例えばARDSのような重症呼吸不全では、肺が炎症や浮腫でやられてしまう。
酸素を吸わせても、肺胞で血液に酸素が乗らない。
つまり、酸素はそこにあるのに、血液へ渡せない。
普通の呼吸は、
肺に酸素を入れる。
肺胞でガス交換する。
酸素化された血液が全身に運ばれる。
という流れである。
でもARDSでは、この「肺胞でガス交換する」という部分が壊れてしまう。
それなら、肺以外の場所から血液に酸素を渡せないか。
腸管換気は、その問いに対するかなり大胆な答えなのだと思う。
ちょっと大胆やけどな
腸粘膜には血管が豊富にある。
直腸から薬を入れれば吸収される。
子どもとか解熱薬入れるやん
ならば、酸素も腸から血液に渡せるのではないか。
発想としてはシンプルだが、ものすごく面白い。
もちろん、これは人工呼吸器やECMOの完全な代わりになるものではないと思う。
ECMOのように血液を体外に出して、しっかり酸素化するほどの力はないはず。
でも、そこで終わりではなくて、それまでの繋ぎとすれば実用化の可能性は大と思う。
たとえば、重症呼吸不全の患者さんがいる。
人工呼吸器だけでは酸素化がぎりぎり。
ECMOセンターに搬送したい。
でも、そこまでの時間をどう持たせるか。
その間に、腸管換気で少しでも血液に酸素を渡せるならどうだろう。
SpO₂を少し上げるだけなら、地味に見えるかもしれない。
けれど、その酸素が冠動脈を通って心筋に届き、心機能をギリギリいっぱいの所で保ってたら、全然違う世界である
重症低酸素では、最後は心臓が苦しくなる。
低酸素で心筋が傷み、収縮力が落ち、冠血流も悪くなり、さらに心筋に酸素が届かなくなる。
その悪循環に入る前に、少しでも酸素供給を底上げできるなら、それは命をつなぐ技術になるかもしれない。
腸管換気は、肺を治す治療ではない。
肺が働けない時間を、臓器に耐えてもらうための技術なのかもしれない。
そう考えると、最初の印象が変わってくる。
「肛門から呼吸」という言葉だけ聞くと、笑ってしまう。
でも、その先にあるのは、ECMOまでたどり着けるかもしれない患者さんの未来である。
あと30分、酸素化が持てば。
あと1時間、心臓が止まらなければ。
その間を腸からの酸素で支えられるなら。
これはかなり熱いよな。
医学の進歩は、ときどき変な方向からやってくる。
常識的に考えると、そんなことできるわけがないと思う。
でも、誰かが「いや、もしかしたらできるかもしれない」と考える。
肺がだめなら、腸を使えないか。
呼吸がだめなら、別の場所から酸素を入れられないか。
その発想の飛び方に毎度感動する。
イグノーベル賞は、笑わせてから考えさせる賞だという。
腸管換気はまさにそれだと思う。
最初は笑うやろ
けつの呼吸やから
でも、少し考えると、これは救命の話である。
そして最後には、医学の想像力に感動している。
いつか本当に、重症呼吸不全の搬送中に、腸管換気で酸素化を保ちながらECMOセンターへ向かう日が来るのかもしれない。



コメント