はじめに:CRISPRはどこへ?
CRISPR(クリスパー)とは核DNAそのものを書き換える技術のことである
CRISPRって最近聞かんけど、実はとんでもなく画期的な話である
数年前は遺伝子を自由に書き換える魔法のハサミとして語られ、ノーベル賞まで取った。
covidにかき消された感は否めない
最近、一般ニュースではほとんど聞かない
人の“生まれ方”に触れる一番重たいところに差しかかって、静かになっているだけかもしれない・・・
実は私もノーベル賞取ってたんやっと最近知ったのである
いずれCRISPR(クリスパー)も記事にする予定であるが、まずは前段階から調べていく
全然知らなかったが、前段階として、すでに現実に行われている生殖医療がある。
それが
ミトコンドリア置換療法(Mitochondrial Replacement Therapy)である

ミトコンドリア置換療法とは何か
ミトコンドリア置換療法は、重症ミトコンドリア病の母系遺伝を防ぐための生殖医療。
手技としては、
- 母親の卵子から核DNA(染色体)を取り出す
- 健康な第三者女性の卵子から核を除いたものに移す
- それを父親の精子で受精させる
文字面で見ると至って単純に思えるが・・・
日本は未承認、アメリカも
イギリスは承認とかなはずである
結果として生まれる子は、
- 核DNA:父+母
- ミトコンドリアDNA:第三者
いわゆる
「3つのDNAを持つ子」と表現される
ミトコンドリアの基礎知識が必要なので記載する
ミトコンドリアの基礎知識
① ミトコンドリアは「母親由来」である
ヒトの細胞に存在するミトコンドリアは、ほぼ例外なく母親由来である。
受精の際、精子も少数のミトコンドリアを持つが、受精後の初期発生過程でこれらは速やかに分解・排除され、最終的に胎児のミトコンドリアDNA(mtDNA)は卵子由来のみが残る。
このため、ミトコンドリアDNAに変異を持つ母親からは、男女を問わず子どもに疾患が伝わる可能性がある一方、父親からは原則として遺伝しないという特徴的な遺伝形式をとる。
② ミトコンドリアDNAの特徴
ミトコンドリアは「細胞のエネルギー工場」として知られるが、独自のDNA(mtDNA)を持つ点が大きな特徴である。
- mtDNAは
- 核DNAとは独立して存在する
- 13種類のタンパク質をコード
- 主に酸化的リン酸化に関与
- 修復機構が弱く、変異が蓄積しやすい
- 1細胞内に多数存在し、ヘテロプラスミー(正常と変異の混在)が起こる
③ なぜ「母由来」が臨床的に重要なのか
ミトコンドリア病では、
- 母親が無症状でも子どもが重篤な症状を呈する
というケースが珍しくない。
これは、変異mtDNAの割合(ヘテロプラスミー率)が、
卵子ごと・組織ごとに大きく異なるためであり、出生前に正確な重症度を予測することが難しい原因となっている。
④ ここから生殖医療の話につながる
この「母親由来」というミトコンドリアの性質が、
近年議論されている
- ミトコンドリア置換療法(MRT)
- 卵子スピンドル移植(OST)
- 前核置換法(PNT)
といった生殖補助医療の背景にある。
核DNAは両親のものを保ったまま、ミトコンドリアだけを入れ替えるという発想は、ミトコンドリアが母系遺伝であるという生物学的事実なしには成立しない。
実際に行われた「現実の症例」
2017年、Reproductive BioMedicine Online に掲載された論文では、
リー症候群(Leigh syndrome)を引き起こす mtDNA 8993T>G 変異の保因者である36歳女性が対象となった
着床前診断では回避が困難と判断され、
卵子の紡錘体移植(spindle transfer)による
ミトコンドリア置換療法が選択された。
結果はどうやったか?
再構成された卵子から得られた胚のうち、
正常核型(46,XY)の胚を1個選択し移植。
出生した男児では、
- 胚盤胞時点の変異率:約5.7%
- 出生直後の複数組織での変異率:0~9%程度に抑制
リー症候群で問題となる60–70%を大きく下回るレベルやった
効果は抜群である
出生後7か月時点では、
- 神経学的異常なし
- 身体発育も正常
と報告されている
重要なのは「どこを変えたか」
この治療で変更されたのは、ミトコンドリアDNAのみ
核DNA、つまり
- 体格
- 知能
- 性格
- 体質
といった「人の設計図」には
一切手を加えていない。
ミトコンドリアDNAは、
- エネルギー産生に特化
- 遺伝子数はごくわずか
社会がこの治療をギリギリ許容した理由は、ここにあると思われる
「出生前に確定診断できるわけではない」
ミトコンドリア病は、
- ヘテロプラスミー
- ボトルネック効果(卵子形成過程では、ミトコンドリアDNAが一時的に大きく減少し、その後ランダムに増幅される。この「くじ引き」のような過程により、子どものミトコンドリア病の重症度が大きく左右される。これをボトルネック効果という。)
のため、出生前に発症を確定できない。
この症例でも、「この子が必ず発症する」と診断できたわけではない。
それでも介入した理由は過去の妊娠歴から発症リスクが高すぎたから
ミトコンドリア置換療法は、
確定診断に基づく治療ではなく、リスク遮断を目的とした予防的生殖医療と言えるか
まとめ
CRISPRを扱う前にMRTを調べてみました
ミトコンドリアという「設計図の外側」から、公式に一部の地域で治療は始まっている
核DNAに手を伸ばす日も近いというか、もう伸ばしてると思うが
今後も発展していく領域であることは間違いない
注意点として
ミトコンドリア病は「ミトコンドリアDNAの病気」だけではない
そもそもミトコンドリアは“自前”では完結していない
ミトコンドリアはエネルギーを作る細胞内小器官だが、
必要な部品のほとんどを自分では作れないという表現が正しいか
- mtDNAがコードするタンパク質:13種類
- 実際に使われるタンパク質:1000種類以上
- ほぼすべて核DNA由来
設計図は核DNA、組み立て現場がミトコンドリア
という分業体制になっている
核DNAの問題でもミトコンドリア病にかかることはあるので注意が必要。
この違いを区別しないと、
- 「ミトコンドリア置換療法で全部治る」
- 「母親だけが原因」という重大な誤解が生まれるので注意が必要である
以上参考になれば幸いです
参考文献
- Zhang J, et al. Live birth derived from oocyte spindle transfer to prevent mitochondrial disease. Reproductive BioMedicine Online, 2017.

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